元旦(1月1日・江戸時代からは1月7日)、上巳(3月3日)、端午(5月5日)、七夕(7月7日)、重陽(9月9日)の五つを五節句といいます。このような奇数を重ねる節句のならいは古代中国ではじまりました。奇数を重ねた月日は陽が極まり、陰を生じる時として、これを祓うための行事が行われるようになり、格別の日となったのです。
たとえば、上巳や端午の節句は「邪気を祓う」という行事として平安時代から宮廷で執り行われていましたが、五節句そのものが定着した時代は定かではありません。ただし、文安3年(1446年)の史書には、すでに五節句の記述が残されており、室町時代にはこの概念があったことがわかります。また、華道の池坊専応の口伝を記した書物(天文11年・1542年)にも五節句に用いる花について述べられています。
江戸時代に入ると五節句は徳川幕府によって正式に祝日となります。ただし、この法令化の時に元旦に代えて人日(1月7日)を入れたものが五節句となりました。当時の「徳川実紀」には五節句の日に将軍拝謁という大切な行事も執り行われていたことかわかります。江戸時代までは特定の階層に限って行われていた節句の行事は、江戸時代には一般の人々にも広く親しまれるようになっていきます。 |