五月人形の源流は平安王朝の菖蒲鬘といえます。宮廷の貴族たちが邪気を祓うために用いた飾りです。鎌倉時代になると、この菖蒲鬘から菖蒲兜が生まれます。菖蒲や柏の葉などで作られ、頭部に紅白の花を飾り、その前に菖蒲の花を立てた作りです。続けて、菖蒲兜から檜兜が誕生します。檜の薄い板を素材にした兜で、同じように花や菖蒲を飾り付けました。江戸時代に入ると、甲冑の揃いを並べ、 これに武具や幟などを屋外に飾るようになります。明暦大火以前(1628~57)の風俗を表した屏風図には家の軒を菖蒲で葺き、旗がたなびき、矢倉が組まれ、その上に人形が飾られています。この人形は名高い合戦の場面を題材にした武者人形です。端午飾りは庶民の間でも豪華絢爛さを競うものになっていったのです。また、江戸時代の後期には外飾りに鯉ののぼりが登場します。滝を登る鯉は立身出世の象徴であり、ここにも男児の栄達を願う親心を見ることができます。